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大門 力男

理事

自身のご経験・経歴について教えてください。  

名古屋生まれの自称関西人。小学校から中学にかけて3度の転校、社会人になってからは海外も含め6回の転勤(うち単身赴任3回)を経験しており、まあまあなサバイバル人生を歩んできました。多様な環境に身を置いたことで、場の空気を読むのが割と得意です(笑)。 

大学卒業後は民間企業に就職し、営業・事業管理・連結経営推進業務など幅広い職種に従事。現在も同社に籍を置きながら、2025年にユアフィールドつくばの非常勤理事に就任しました。制度設計・運用の視点から、法人がより「ごきげん」となる環境づくりを目指して取り組んでいます。  

自身に影響を与えた出来事は?

1995~2000年のイタリア生活では、仕事でイタリア中を駆け巡り、プライベートでは車で北はノルウェー、西はポルトガル、東はオーストリアとヨーロッパ各地まで出かけました。ユーロが導入される前であり、円高の時代だったこともあって、謳歌させてもらいましたね。赤ワインをしこたま飲んだお陰で、帰国後は花粉症が鳴りを潜めてくれました。  

その後、地方創生に関心を持ち、「国家戦略特区」に指定された地方自治体に出向する機会に恵まれました。国家戦略特区とは、規制緩和により企業活動を後押しすることで地域振興・国際競争力向上を実現しようとする施策です。 

私の赴任地は耕作放棄と人口減少が深刻な中山間地であり、民間資本の新規就農を促すべく国家戦略特区の制度を活用し、「企業による農地保有」を全国に先駆けて実現していました。市長以下職員が一丸となって農業の再興と地域の活性化に取り組んだ経験が、それまで全く農業に縁のなかった自分にその二文字を焼き付けることになりました。「農福連携」という言葉もそこで初めて耳にしました。同地は、その昔養蚕で栄えた歴史を持ち、養蚕復活による町おこしが検討されていました。その流れで養蚕のセラピー効果に注目し、養蚕×高齢者施設による農福連携という案が浮かび上がったのです。さあ、これからという時に残念ながら離任となってしまいました。  

また、東日本大震災の後は、時間を見つけて災害ボランティア活動にも参加するようになりました。熊本や能登にも何度か伺いましたね。それらの活動を通して、そこそこ体力があることも確認できました。   

どのようにして「ユアフィールドつくば」とつながりを持ちましたか?

「農業」「農福連携」への思いを頭の片隅に持ちながら出向先から会社に戻り、しばらくそれらとかけ離れた仕事に就いていました。定年が迫りくる中、定年後の職探しを念頭においた会社の出向制度を使ってみようと思い立ち、ネットで「地域創生」「農業」「農福連携」のキーワードを検索しまくって見つけたのが、ユアフィールドつくばでした。法人のメールアドレスに飛び込みメールを入れ、オンライン面接をして頂き、職場体験を経て、職業指導員として採用頂きました。

その後1年間、利用者さんと共に畑仕事をした後、諸事情により現場を離れることになるのですが、その際、リモートでの働き方を提案いただき理事として関わらせていただくことになりました。

どのような想いをもって関わっていますか?

創業期を走り続けてきたこの法人は、第二フェーズに差し掛かっている様に思います。自分がこれまでの社会人経験で学んできた組織の制度設計や制度運用といったところでお役に立てればと思い、いろいろ口出しさせてもらっています。  

法人の農場である「ごきげんファーム」という名前が大好きです。ラジオでよく耳にする「ごきげんは自分でつくるもの」という言葉も大好きです。ステークホルダーの皆さんの“ごきげん”づくりをお手伝いする存在になりたいと思っています。

今後どのような展望を期待しますか?   

今は足場固めの時期ではないかと思っています。しっかり膝を曲げ腰を落としてこそ、高い跳躍が可能となります。ハードとソフトの両面から自分たちを見つめ直し、学ぶところは学び、次の成長に向けた準備をしたいと考えています。

あなたの描く「ユアフィールドつくば」の未来像は?

農福連携が日本の農業の中で持続的に機能し、人々の心の中で一定の存在感を得ている。ユアフィールドつくばの事業モデルが、そんな農福連携のひとつの範となっている―それが私の描く未来像です。